• 拙著『謎解き 若き漱石の秘恋』について

    夏目漱石の『三四郎』は、およそ百年前の本郷台を舞台に展開された物語である。作中の主人公たちの散策ルートを丹念に歩きながら、漱石の他の著作も合わせ読むうちに、漱石自身の経験した青春時代の秘められた恋が、彼の文章の中に埋め込まれているように感じられた。巷では迷路に陥った観がある漱石の恋人問題についても、数多くのヒントが見いだされた。そこで、明治41年までの漱石の人生の履歴と、彼の文芸作品・書簡・日記等との比較検討を行った。その検討過程において、漱石の著作の中に彼の恋愛に関する多くの謎掛けが埋め込まれている事を、新たに発見した。本書は、秘かに埋め込まれていた謎掛けの解読によって得られた漱石自身の証言をもとにして、漱石の秘められた恋人を大塚楠緒子と特定し、更に学生時代の初恋、井上眼科で再会した銀杏返しの女の子、闇に葬られた明治27年の「おどろくべき事」と破談、恋人との心理的葛藤の末の明治41年の『三四郎』執筆に至るまでの漱石の秘恋について記述する。
    漱石は、自らの秘恋の中に「百年の墓守」を規定している(『夢十夜』)。「百年の墓守」の始まりは、文化5年(1808年)であり、その終わりは(実は新たな始まり)は明治41年(1908年)である。漱石の謎掛けを解読すれば、文化5年は、若き漱石の秘恋にとって決定的に重要な出来事が起こり、失恋した明治27年を意味する事が判明する。漱石の心の中では、明治27年から明治41年までが「百年の墓守」だったのである。

    漱石の「百年の墓守」が終わった年(1908年)から、ちょうど百年後の2008年に、漱石の「百年」の謎掛けを解読して、『謎解き若き漱石の秘恋』を上梓する巡り合わせになった事に、不思議な縁を感じている。

    2008年4月 加藤湖山


湖山の風景: 諏訪湖と八ヶ岳連峰